謎の軍記、東國鬪戰見聞私記を検証する



東國鬪戰見聞私記の魅力

 『東國鬪戰見聞私記』という軍記をご存じだろうか。一般的には聞き慣れない作品だと思うが、常南、北総地区の城址を研究する上で必ずぶち当たるのがこの書物である。城址研究(千葉県・茨城県)のバイブルともいえる『日本城郭大系』『房総の古城址めぐり』を読んでいると盛んにこの書を拠り所にしてる記事を見かけることが出来る。また、各自治体の地誌に登場することも多い。
 初めに申しておくがこの書は史実を正確に記した「歴史書」ではない。史実を元に大いに脚色を加えたフィクションである。例えるならば、数年前に流行した「架空戦記」(「紺碧の艦隊」荒巻義雄著、等)の類だと思って戴くとありがたい。
 ただのフィクションならば、わざわざ取り上げる必要もないのだが、この書には捨て置きならない魅力があるのである。
 戦国時代の北総は主に千葉一族が支配する地域であった。天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原城攻め際、千葉一族は北条方へ組みしていたため、徳川軍によってそのほとんどが滅ぼされてしまった。滅亡した側のさだめか、貴重な千葉一族の記録はそのほとんどが湮滅してしまい、今では僅かに残された数少ない史料をもとにその姿を想像するしかない。従って数多い北総の城址は、その歴史や城主が全く判らないというケースが非常に多いのである。ところが、今となっては全く歴史が判らなくなってしまった城址の数々を、活き活きと記述しているの古文書がある。それが『東國鬪戰見聞私記』なのである。『東國鬪戰見聞私記』はあくまで「史実を元にした創作物」なので全てを信じる事は出来ないが、闇に葬られた千葉一族の活躍や彼らの城の姿を窺い知ることは出来まいか。また、何処が史実で何処が虚構なのか、本編を読みながら検証していきたい。



東國鬪戰見聞私記の横顔

 『東國鬪戰見聞私記』の著者は皆川老甫大道寺友山の二人、成立は江戸時代初期とされている。これについては後に詳述する。明治40年に吉原格齋によって校訂され活字本として出版された。現在流布されている活字本はその影印本(写真に撮影して印刷したもの)である。
 全40巻で一つの巻に数項の記事が掲載されている。常野文献社刊本だと、全40巻は385ページにも渡っておりかなり長大な軍記といえる。全体的に一つのストーリーを展開しているのではなく1500年頃から1600年頃までの関東の合戦の記事を箇条書き的に記述するという体裁をとっている。メインとなるストーリーは岡見氏を中心とする常南連合と多賀谷氏を中心とする佐竹連合の対決である。特に岡見氏の家臣、「栗林義長」が諸葛孔明のごとき知略でもって次々と敵を撃破する戦闘記事は最大の読みどころといえよう。
 現在、茨城県南部では栗林義長は大変人気のある人物で、その活躍はあたかも史実のように伝えられているらしい。郷土の歴史上人物が天才的戦略で次々と敵を撃破し、大活躍する物語というのは痛快そのものであろう。地元の人達が英雄として誇りに思うのは当然のことか。牛久中央図書館が「牛久むかしばなし4『東林寺に眠る栗林義長』」という絵本を発行しているくらいであるからその人気の程がうかがえるというものである。



東國鬪戰見聞私記の1ページ目
『東國鬪戰見聞私記』の1頁目



東国戦記実録のこと

 『東國鬪戰見聞私記』には『東國戰記實録』という姉妹書(?)がある。内容はほぼ同じなので、おそらくは両書の元になった本が存在したか、もしくは両書のどちらかがオリジナルで後にそれを元に片方が編まれたのではなかろうか。まだ詳しく読んでいないので何とも言えないが、『東國鬪戰見聞私記』と『東國戰記實録』を比較してみれば両書の元になった本の姿やどちらが古いかが判明するであろう。



凡例

一、『東國鬪戰見聞私記』は常野文献社刊(平成9年11月2日)と崙書房刊(昭和48年)の二冊を参照した。
二、『東國戰記實録』は崙書房刊(昭和52年10月)と小菅與四郎刊(大正15年12月20日)の二冊を参照した。
三、本文は現代語に訳した。ただし、地名・人物名等の固有名詞は原文の表記のままにした。
四、原本を全て現代語訳するのはとても無理なので、千葉氏関係の記事のみ訳し掲載した。
五、各項のタイトルは原文のままにした。
六、現代語訳は原文の雰囲気を味わって戴きたいのと、訳者の推測を排除するために敢えて直訳に近い形をとった。そのため、現代語としては文法的な誤りであったり、読みにくかったりするが、そのあたりはご理解戴きたい。
七、参照した文献が古いため、判読不明の場所があるが、それはその都度記しておいた。また、誤字脱字も多く、意味不明な部分は【     】の記号を用いて原文のままを記載した。
八、原本はほとんど改行がなく読みづらいため、現代語訳では適宜改行を入れた。



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